Antigua-San Salvador-Copan-El Espino-Managua
アンティグア〜サン・サルバドル〜コパン
〜エル・エスピーノ〜マナグア
ニカラグアの首都マナグアの古いカテドラル。
この写真を撮った直後、乞食に囲まれる。
![]() 国境を越える度、心身共に疲れる。
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1998年4月20日 Antigua-San Christbal-San Salvador アンティグアからグァテマラシティへの途中、アメリカ人らしき夫婦(ケントとアン)でタンデム自転車に乗る旅行者に会った。彼らもこれから南米最南端を目指すという。残念ながら坂の途中で場所が悪かったため、ゆっくり話すことができなかったが、12月に南米最南端の町、ウシュアイアに到着予定という、いずれまた会うかもしれない。 再びグァテマラシティを横断後、真っ直ぐエル・サルバドル国境へ向かう。標高の高いアンティグアやグァテマラシティでさえかなり暑かったが、エル・サルバドルへ近づくほど標高が下がるので更に気温が上がる。まるでドライヤーの風が当たっているみたいで、走っていても熱気で汗が流れるほど。 昼頃になってエル・サルバドル国境に来た。グァテマラ側イミグレーションでパスポートに出国スタンプ(Q5)を押してもらった後、ペルミソのキャンセル(Q10)をする。ここでもギアがまとわりついてきて、ガイドさせろとしつこい。イミグレの係官もギアを通さずに手続きしようとするとわざと難癖つけてきて、時間ばかりかかる。最後にバイクと書類の照合をするのだが、わざとらしくゆっくりながめているのだ。 ギアが「10ケツァル賄賂やったらすべて丸く収まる」というので細かいお金でパスポートに挟んでやると、係官はおどおどした手つきで机の中に賄賂を隠した。係官はみんな貧相な顔をして痩せ細り、よれよれの服を着ているので見ていて気の毒になる。 CA1号線は所々でこぼこしているものの全体的に走りやすい。途中で寄ったテキサコのガソリンスタンドは驚くほど綺麗で、ミニマートの品揃えもアメリカ並に良かった。国境か100km少し走ったところで首都サン・サルバドルにさしかかる。 サン・サルバドルは最近まで内戦が続いていたと思えない程度に落ち着いているが、町の至る所で自動小銃を持った警備員が立っている。何気なく町を歩く通行人でさえも腰に拳銃を装備しているところを見ると、治安はそれなりに悪いのだろうか。 走行距離:351km(Guatemala206km)(Total 9,727km) 両替 Q400 -> C540 1998年4月21日 San Salvador-Santa Rosa de Copan サン・サルバドルからホンジュラス国境をめざし北へ走る。街の外輪部分はスラムのような掘ったて小屋が連なっており、貧しい人々が空腹をしのいでいる様子だ。 約100km走りホンジュラス国境El Poy着。エル・サルバドルの出国手続きは午前中に終わったものの、いざホンジュラスで入国手続きというところでシエスタの時間に入ってしまった。ラテン世界では昼1時頃から3時くらいまで、2時間ほどの休憩(シエスタ)をとる。この時間は飲食業以外、銀行や商店をはじめ多くの店がシャッターを下ろし休憩に入ってしまう。国境の役人もみんな休憩に行ってしまうことが多いので、この時間に行動するのはは避けるべきものなのだ。やはりバイクの入国書類を作る係員が食事に行ってしまったとのことで、午後二時半まで二時間も待たされてしまった。 ホンジュラスの舗装道路はきれいだ。時々舗装が剥がれている部分はあるが、グァテマラのようにつぎはぎを重ねてボコボコになっているところがほとんど無い。路肩部分もしっかりと舗装されている。メキシコのように路肩が無くて崖になっている部分がほとんど無いので安心だ。 この日はSanta Rosaの町で一泊60Lps(約600円)の安宿に泊まったのだが、部屋の中は蚊の巣窟だった。近くの雑貨店で蚊取り線香を買ったものの、十巻きで6Lps(約60円)のホンジュラス製蚊取り線香は、ただ煙臭いだけでぜんぜん効き目がなかった。蚊は平気で煙の中を行き来しているのだ。 走行距離:211km(El Salvador 100km)(Total 9,938km) 両替 TC $100 -> 1310Lps (Banoccidente 含手数料5Lps) 1998年4月22日 Ruinas de Copan Santa Rosaの町からCopan遺跡まで片道100km強。荷物を宿に置いて身軽な格好で出かけた。行程のほとんどは山道だが、よく整備された舗装路なので快適に走ることができるた。隣国のグァテマラやエル・サルバドルとは比べものにならないほど。 コパンの遺跡はグァテマラ国境から近いこともあり、グァテマラからのツアー客の方が多いらしい。コパンの町から遺跡まで1kmほど歩道が延びており、人が結構歩いている。遺跡入り口にバイクを止め、遺跡群の中へ入場。 走行距離:217km(Total 10,115km) 1998年4月23日 Santa Rosa de Copan-Tegcigalpa-Choluteca サンタ・ロサから44km、グラシアスの村から舗装路が途切れダートとなった。流水跡が縦横に走り結構荒れている。アップダウンも激しくまるで日本の林道そっくり。 80km続いたダートロードを抜け、舗装路を更に東へ走る。首都テグシガルパまでいくつかの峠を越えるのだが、小雨が降っており中米とは思えないほど気温が下がった。 走行距離:481km(Total 10,596km) 1998年4月24日 Choluteca チョルテカの町で一日過ごした。標高の低いこの町はとにかく暑く、日中の気温が35度を越えている。 ホテルのレセプションにイギリス人のおじいさんがいて、久しぶりに英語でお話した。スペイン語は旅行会話程度しかできないのでホンジュラスに入国以来、しばらく内容のある話をしていなかったのだ。 長旅をして使い終わったガイドブックや地図など、捨てるには惜しいが持って歩くにも重量がかさむものは日本の実家へ送り返すことになる。 走行距離:0km(Total 10,596km) 現金化 TC$50.00 -> 657.50Lps (ホテルで両替) 1998年4月25日 Choluteca-El Espino-Managua-Rivas チョルテカから71km、エル・エスピーノからニカラグア国境を越える。例によって国境ではギアを名乗る人が通関の手伝いをかって出てくる。 ニカラグアに入って以来、道ばたでペットを売っている人をたくさん見かける。仔犬、仔猫をはじめ、小鳥、子鹿、アルマジロなど珍しい動物を売っている。 国境から約245kmで首都マナグアにさしかかる。ガソリンスタンドだけは繁盛しているらしく、併設のコンビニエンスストアはアメリカ並に清潔で品揃えも驚くほど豊富だ。 マナグアのセントロでは古いカテドラルへ行ってみた。ガイドブックによるとその付近では複数グループのナイフ強盗が出没することになっている。カテドラル前の広場で写真を撮っていると早速三人のニカラグア人に取り囲まれた。しかし取り囲んできたのはナイフを持った族ではなく、小さな女の子たちだった。二人は褐色の肌の子だが、もう一人はスラブ系の顔だちをした白人の女の子。歳は八歳くらいだろうか、かわいい顔しているが「お兄ちゃん、わたしお腹空いてるの。食べ物を買うお金ちょうだい。」と言ってきたので虚しくなった。 マナグア湖の畔には簡易食堂が十数軒も並んでいるが、どれも屋台に毛が生えたような程度。食事をしようとバイクを止めるが人相の悪い男が駆け寄ってきて、「バイク見張っててやるよ、安心して食事してきな。」という。あとで「見張り料」ゆすってくる気だろう。安心どころか一層不安になったので食事をやめてマナグアの町を出ることにした。本当はこの町で二泊くらいしようと思ったのだがもうどうでもよくなったのだ。 更に南へ120km走りRivasの町で宿に入る。さあ、明日はコスタリカだ。明日国境を越えれば、ニカラグアも一泊二日で抜ける事になるだろう。ニカラグアのビザ取得に30ドルもかかったのがばかばかしい。 走行距離:444km(Total 11,040km) 両替 770Lps -> 540cordobas oro (国境) |