ベレン〜サルバドール〜リオデジャネイロ〜サンパウロ〜イグアスの滝
Belem-Salvador-Rio de Janeiro-Sao Paulo-Iguacu
イグアスの滝
![]() ベレンのダウンタウン
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1998年10月19〜20日(月〜火曜日) Belem-Fortaleza-Assu 今日から翌日の昼にかけて約30時間、給油の時以外ノンストップで夜通し走り続けた。特に変わりばえのない景色が続く中、日中はうだるような暑さだが、夜間はちょうど良い気温になるので気持ち良い。ブラジルの幹線道路は24時間営業のガソリンスタンドが多く、案内標識もしっかり付いているので夜間でも安心して走ることができる。 さすがに30時間も連続運転していると体が言うことを聞かなくなる。太陽が頭の上に昇り気温がだいぶ高くなった頃のこと、バイクに乗りながら船を漕いでいる自分に気がついた。今日の行動をうち切ろう。このまま走っていたら地獄へ突進してしまう。 走行距離1,847km(Total 31,705km) 1998年10月21日(水曜日) Assu-Recife-Posto km583 ブラジル人というのは子供も大人も意外と日本のことをよく知っているもの。食事を終えて走り出そうとしたとき、バイクを取り囲んでみていた子供たちがおもむろに「ありがとう、さようなら」と日本語で言った。彼らは特に日系人というわけではない、南ヨーロッパ系、アフリカ系の顔だちをした十歳くらいの子供だ。 走行距離719km(Total 32,424km) 1998年10月22日(木曜日) Posto km583-Salvador シェルのガソリンスタンドでエンジンオイルを交換。いつもバイク屋やガソリンスタンドなどで交換しているのだが、大抵はオイル受けを貸してくれるのでその場で作業してきた。しかし今日の所はオイル受けを借りようと頼んでいるのだが、ガソリンスタンドの店員が古いオイルを地面にたれ流ししても良いという。周りよく見るとそこら中オイルを流した跡がある。 ライナベルデを走りぬけ、夜8時になってサルバドール着。 夜9時頃、喉が渇いたのでホテルから近くの店へ買い物に行った。あいにくほとんどの店が閉店しているので諦めて帰ろうとしたとき、後をつけてくる人の気配を感じた。振り返るとでかい黒人二人が歩いており、目があった瞬間「ヒヒヒッ」と薄笑いを浮かべた。気持ち悪いので走るようなスピードで早歩きするのだが二人も同じスピードでついてくる。 走行距離583km(Total 33,007km) 1998年10月23日(金曜日) Salvador-Padre Paraiso (via BR116) アマゾン横断のためフロントタイヤにノビータイヤを履かせていたのだが、炎天下、長距離の舗装路走行でだいぶすり減ってきた。 走行距離824km(Total 33,831km) 1998年10月24日(土曜日) Padre Paraiso-Rio de Janeiro リオデジャネイロに着く頃雨が降ってきた。夜に雨というコンディションで大都市のホテル探しは辛いものがある。都市部でガレージ付の安宿を見つけるのは難しいのだが、ブラジルには「モーテル」がたくさんあり、大きな通りを走っていれば簡単に見つけることができる。宿泊料は一泊 US$10〜20ほど、都市部でもしっかりしたガレージがあり、部屋にはトイレ、シャワーが必ず付いている。時々ベッドが円かったり、壁に大きな鏡が付いているが気にしない。 走行距離814km(Total 34,645km) 1998年10月25日(日曜日) Rio de Janeiro-Sao Paulo ベレンからサンパウロまでの5,200kmを一週間で走ってしまった。本当は三週間くらいかけて大西洋岸の道をゆっくり南下しようと思ったのだが、色々な理由が重なり日程を短縮せざるを得なくなったのである。 サンパウロ市リベルダージ地区には東洋人街という一角がある。日本の食品店や日本の書店など、軒並み日本語の看板が並びまるで日本の町のよう。マクドナルドさえも「マクドナルドハンバーガー」とカタカナで書いてある。 走行距離456km(Total 35,101km) 1998年10月26-29日(月〜木曜日) Sao Paulo ブラジルでインターネットカフェを探すのはかなり困難だ。しかし目ざとい人はいるもの、広いサンパウロ市の中からインターネットを利用できる場所を見つけだした旅行者がいて、宿の情報ノートにその詳細を書いてくれていた。記録によるとAv.Paulista
1313の図書館でインターネットを40分間無料で利用できるらしい。早速そこへ足を運んでみたのだが残念なことにフロッピーディスクドライブのドライバが削除され使えないようになっていた。日本語のメールはすべて文字化けして出てくるので、フロッピーにセーブし自分のPCで開ないことには何が書いてあるのかさっぱりわからない。もちろんFTPも使えなければホームページのアップロードもできない。 サンパウロにはIBMネットのアクセスポイントがあるのだが、普通の電話を探すのが大変。セントロへ出向いて電話会社のオフィスを片っ端から見て回ったが、ほとんど電話のコードが直結されていた。ブラジルの電話会社は日本のグレ電のように公衆電話にモジュラージャックをつける発想がないのだろうか。やはり音響カプラーを持ってくるべきだったと思う。 走行距離0km(Total 35,101km) 1998年10月30日(金曜日) Sao Paulo-Critiba 今日はクリチバ市まで移動の日。クリチバまではXTZ660Tenereの古川さんと同じルートなので一緒に走ることにした。ハイウェイではやはり大型のツーリングバイクが快適そう。後ろをついて行こうとするのだが、追い越し加速の弱いDRで何台ものトラックを抜いて行くのは大変だ。 走行距離460km(Total 35,561km) 1998年10月31日(土曜日) Critiba-Foz do Iguacu 古川さんと別れ、自分は東へ向かう。朝から600km以上走り夕方にやっと「Foz do Iguacu」の町に到着。町の入り口でホテルの案内人に止められ、ガレージ付のホテルを紹介してもらった。案内人にコミッションを取られるのかと思ったが、どうやら彼らはホテルから受け取るコミッションだけで働いているらしい。しかも特別レートが適用され、ホテル代が二割も安くなった。 走行距離683km(Total 36,244km) 1998年11月1日(日曜日) Foz do Iguacu 世界最大級の滝、イグアスを見る。三年前に見た北米のナイアガラも雄大だったが、イグアスは更に大きく豪快に流れ落ちている。幅数キロに渡って大小数十、数百もの滝があるのだが、その数は日本の滝をすべて束ねても足りないと思うほど。 走行距離77km(Total 36,321km) |